「背中のコレはおっぱいなのよ」

ある下着屋でパンツ一丁の私は、フィッティングルームで
初対面の女性に背中の肉をつかまれていた。

（なんじゃこりゃぁ）
そもそもこんな狭い部屋で、鏡を前に見知らぬ女に裸にされてる
っていうこの画がおかしいのだ。

だいたい何だ「コレは」って、手を離してくれよ。
失敬じゃぁないか。
力が強いのか、つかまれている肉が痛い。
女はおもむろにメジャーを取り出し私の各所のサイズを測った後
フィッティングルームを出て行った。

一人にされた私は正面の鏡をまじまじと見た。

（醜いなぁ・・・）

胸はでかいが尻もでかい。
巨乳というのはデブを守る良い言葉の一つである。
しかし巨乳＝ナイスバディではない。
ボン・ボン・ボンじゃただのデブだ。

自分の体型に嫌気がさし、ため息をついていると
先の女性が何かを手にフィッティングルームに戻ってきた。

総レースのおなかまで隠れるでっかいブラジャーと
五分丈はあろうかという長いガードル。
矯正下着と出会った瞬間だった。

（プロレス技か・・・？）
イテテテテテテ・・・。
鏡の前の私たちはおかしな格好だ。

彼女は下着を着けた私の背中の肉をねじり、揉み、移動させながら
前へもって行き、力ずくでブラのカップに肉を収めた。

「ね？」
ね？

ー背中のコレはおっぱいなのよー
あぁこれの事を言っていたのかと鏡を見ると、確かに背中がすっきりして
胸に丸みがあるではないか。

彼女たちが言うにはみんな自分のサイズを良く知らずに
ゆるい下着を着けているから、本来あるべきところから、
お肉が上下左右にもれていってそこにとどまってしまうらしい。
おっぱいが背中や上腹部に流れているということだ。
そこでボディメイクというものが必要らしい。
（さっきのプロレスみたいなやつかぁ。）
さらに太もももつねり、揉みあげられガードルのヒップ部分に
収められていったのだった。

かくしてわたしはにわかボン・キュ・ボンを手に入れたのだ。
若かった私は肉の移動にすっかり魅せられ、すっかり我を失っていた。
肉がはみ出る余地もないほど、ひざ上から胸までモビルスーツに
覆われた有頂天の私は、あっさりと契約書にサインをしてしまったのだった。

45万。

学生にはでかすぎる買い物だ。生まれて初めてローンを組んだ。
恐るべし矯正下着の魔力。

今になって考えてみた。
あの時なんであんなにも下着に魔力を感じたのか。

デブは努力が嫌いなのだ。
デブは痩せない痩せないと嘆きながらお菓子を食べ続ける。
駅でも階段よりエスカレーター、出来ることなら運動量は
少ないに越したことはない。
それでいて明日の朝目覚めたらモデルのようになっていることを
夢見てやまない。

ゼリーよりプリン、トマトソースよりクリームソース！
着けただけでスタイルが良くなる下着は魔法さながら、
夢の「目覚めたら・・」にちょっと近づく。

結局私は100万近くを下着につぎ込むことになってしまった。

しかし、下着屋さんの名誉の為に付け加えると
私は騙されて高額の下着を買わされたわけではない。
それなりに成果はあったのだ。
正しい下着の選び方や着け方、高い金を払ったなりに
勉強にはなった気がする。（と思いたい）

あれから○年、通販やドラッグストアでさえ
手軽に補正下着が手に入る時代になった。
かわいい下着、ローライズのボトムからみえないショーツや
見せてもいい（という概念がいまいちわからないが）下着、
小さな胸でも谷間が作れるミラクルなブラ等を経て、
女子たちの美意識は美しい体作りにベクトルが向かっている。

需要が増えた今、魔法の下着は簡単に手に入れられる。
しかし美しい体の持ち主は努力を惜しまないということも
知ってしまった。魔法は一日にして成らず。
私も大人になったものだ。

正しいサイズのかわいい下着を正しく着けたら
ひとまずは駅で階段を上るところから始めてみようかと
密かに決意を固める私であった。